• NOVELS

SF文芸誌『SCI-FIRE 2020』は令和を生きる私達のための物語である。

2020.11.27 03:03

  • #文学フリマ東京2020
目次

1. 文学フリマ東京2020にて

2. 『SCI-FIRE2020』について

3. 作品紹介 ーSFからホラーまでー

4. 総評 新しい世界を生きるわたしたち

5. 気になった方にはこちらもおすすめ

文学フリマ東京2020にて

2020年11月21日。文学フリマ東京に足を運んだ。
昨年までは出展する立場だったので、客として参加するのは初めてだった。今年はコロナ禍の影響で、昨年と比べてブースの数は少なかったものの、それでも多くの作品が並び、また多くの人が、思い思いに本を選んでいた。文学フリマにしかない独特の空気感。書店で本を選ぶ時とは異なり、ここでは作者の方々とのコミュニケーションを楽しみながら気に入った作品を購入することができるところが、このイベントの醍醐味の一つであろう。

数多くの魅力的な作品の中でも、ひときわ目を引いて購入に至ったのが、これから紹介する『SCI-FIRE 2020』だった。


『SCI-FIRE2020』について

『SCI-FIRE』は、『ゲンロン 大森望SF創作講座』の修了生を中心として結成された有志のメンバーにより出版されている文芸誌だ。毎年テーマを決めて、それぞれが作品を執筆しているそうだ。 今年の特集は「新しい世界」。令和という新しい時代を反映したテーマ設定だろうか。

正直、名前を知らない著者による小説を買う上で重要になるのは、表紙とタイトルのインパクト、そして冒頭の掴みだ。有志と言えども、講義と実作を繰り返した実力派のメンバーにより編纂されたこの作品には、数分で目を通しただけでも興味を引く魅力があった。

家に帰り、改めてじっくりと読んでみたところ、予想以上に面白く、個人のレベルの高さに驚かされた。過去の作品集は未見だが、この一冊の魅力を記事にまとめようと思い立った。全ての作品を紹介したかったが、今回は冒頭から五作品を取り上げた。最初に断っておくが、この記事は取材を通して記載したものではなく、あくまで個人の感想を綴っているため、著者の方々の意図したところと外れていたとしても許してほしい。


作品紹介 ーSFからホラーまでー

『蓑虫の鳴き声、蚕の羽ばたき』 藍銅ツバメ

冒頭の小説が、SFというよりもホラー・幻想怪奇小説であったことにまず驚いた。 小さな集落に伝わる奇怪な伝承に触れた主人公の体験が綴られている。綿密なリサーチによる街の風景や伝承が丁寧に描写され、まるでその村が本当に実在するかのようなリアリティがあり、ここで起こる怪奇現象を引き立てることに一役買っている。「地域創生」という言葉が持て囃される現代において、そこから取り残された土着的な慣習や信仰が浮かび上がる、まさに令和の怪談といえるだろう。


『SEXマシーン』 今野明広

SEXをすると巨大化する吉澤さんという設定が面白い。この作品は「吉澤さん小説」という連作になっているようで、独特の文体と不思議な世界観が癖になる一作だった。コンビニに通いポイントを貯める平凡な毎日と、SEXすると巨大化する吉澤さん、生まれてくるたくさんの怪獣たち。日常と非日常が奇妙に融け合う世界に引き込まれる。「出合い系サイト」を誰もが気軽に使うようになった現代において、SEXに至るまでの過程は圧倒的に簡略化された。この小説では、性交と妊娠、出産に対する現代的な違和感を、SF小説という題材を通して浮かび上がらせていると感じた。


『あなたがさわる水のりんかく』 稲田一声

バーチャル触覚ASMRコンテンツの配信をテーマとしたSF小説。スーパーの台に置いてある水を含ませたスポンジや、トイレに設置されたハンドドライヤー。衛生管理の問題でコロナによって失われた「何気ない手ざわり」。当たり前だった日常が、たった一つの出来事をきっかけとして非日常へと変わっていく。そのことに誰も気がつかないままに世界が少しずつ変わっていく。過去を忘れたくないという執着と、忘れられてしまうことへの恐怖。「コロナ」と「インフルエンサー」という非常に現代的なテーマを組み合わせることで、私達が直面している不確実な「寂しさ」を浮き彫りにしている。


『猫の手』 詩野うら

「死とはなにか」テセウスの船の構図をペットの猫に置き換えて「生命」の定義を改めて問いかける。脳死を人の死とするかについて、本人の意志表示が確認できない場合、日本では判断を親族に委ねている。つまり「死」の定義を判断しなければならない機会に遭遇される可能性が誰にでもあるということだ。生命倫理に対する論争が続くなか、近い未来にはトランスヒューマニズムによって、今以上に生命の定義が曖昧になっていくかもしれない。たった見開き1ページのSF漫画によって、いずれ答えを出さなければならない問いが投げかけられている。


『嗅子』 麦原遼

舞台はコロナに続く数々の感染症を乗り越えた新時代。人類が存続のために嗅覚を発展させたという設定が面白い。「嗅覚革命」に至るまで時代の経緯や根拠が丁寧に構築され、その世界観を確実にしているところもSFファンを魅了するポイントの一つだろう。新時代の人々は「香り」で恋人を選ぶ。恋心のうつろいを香りの感じ方によって可視化し、人として普遍的な情動をうまく表現している。幻想的な美しさとSFらしい構造が見事に調和した素晴らしい作品だった。


総評 新しい世界を生きるわたしたち

ここでは全ての作品を紹介することはできなかったが、全ての作品が非常に魅力的だった。SF創作にとどまらず、インタビューや作品のレビューなどが盛り込まれた一冊が、1000円なのは安すぎるのではないかと感じたほどだ。


この作品集に触れて改めて気が付かされたこと。それは現代社会そのものがSF化しているということだ。未知の恐怖や希望という感情を、いま、わたしたちは生の身体で感じている。変わりゆく世界に身を委ねながら、私たちは日常を生きている。そして、時代が変わっても、わたしたち人間は普遍的な「何か」を求め続けるのだ。


令和という時代の中で、わたしたちが抱えている多くの問題は、より複雑化していくだろう。それを解く鍵は、もしかしたらSFの中にあるのかもしれない。


気になった方にはこちらもおすすめ

SCI−FIRE公式サイト

上記がSCI-FIREの公式サイトだ。過去の作品も、ここからBOOTHを通して購入できるようになっている。他にもブログや最新情報がまとめられているため、是非チェックをしてみてほしい。



『ゲンロン 大森望SF創作講座』

上記のサイトには、ゲンロンSF講座の受講生たちが提出した最終課題が公開されていて、だれでも無料で読むことができる。興味を持った方は是非こちらもチェックしてほしい。


最後に、素晴らしい作品に出会えたことに感謝したい。これからも『SCI-FIRE』メンバーの活躍にも注目していきたいと思う。



(written by nanica marui)